7月11日、「綾ユネスコエコパーク」の登録が決定。
照葉樹林が世界に認められた。しかし、実は照葉樹林だけでなく、「森」とともに生きてきた私たち町民のまちづくりが評価されたのだ。それは、森を守ってきた先人たちの心、自然と共に生活する私たちの心、すなわち「照葉樹林と共に生きる」というみんなの心が結びついた証である。今号では、ユネスコエコパーク登録決定を機に、森と共に生きる私たちが未来へと引き継がなければならない「結いの心」を考えてみる。

「綾ユネスコ ・ エコパーク」
登録決定の本当の意味

[そもそも
ユネスコエコパークとは?]

7月11日、「綾ユネスコエコパーク」の登録が決定。
照葉樹林が世界に認められた。しかし、実は照葉樹林だけでなく、「森」とともに生きてきた私たち町民のまちづくりが評価されたのだ。それは、森を守ってきた先人たちの心、自然と共に生活する私たちの心、すなわち「照葉樹林と共に生きる」というみんなの心が結びついた証である。今号では、ユネスコエコパーク登録決定を機に、森と共に生きる私たちが未来へと引き継がなければならない「結いの心」を考えてみる。

「綾ユネスコ ・ エコパーク」
登録決定の本当の意味

 7月11日(日本時間) 、フランスのパリで開催された国連教育科学文化機関(ユネスコ)の会議で「綾ユネスコ・エコパーク」の登録が正式に決定した。
これは、国内で、屋久島などが登録された1980年以来、 32年ぶり5ヶ所目で、地方自治体からの申請が登録されたのは国内初となる。
 登録されたのは、綾町全域と、小林市、西都市、国富町、西米良村の一部にまたがる総面積1万4580haの照葉樹林である。

 今回の登録では主に照葉樹林が注目されているが、この登録の評価はそれだけではない。特に先進的な取り組みを進めてきた有機農業など、自然と共生する綾町民が長年続けてきたまちづくりが評価されたのだ。


そもそも
ユネスコエコパークとは?

貴重な生物圏を保護しつつ、その教育研究への活用を図る取り組みであるMAB(人間と生物圏)計画というものがある。
生物圏保存地域(日本での通称「ユネスコエコパーク」 、英語略称はBR)は、 MAB計画の主要な取り組みの一つで当初は自然保護区としての意味合いが強かったが、1995年厳重に保護する核心地域、それを取り巻く緩衝地域と持続可能な利用を図る移行地域を設けることが登録要件の一つになった。世界自然遺産に比べて、利用と保全の調和を図る取り組みを推奨することが特徴である。


苦渋の決断
?山を残すか雇用を選ぶか?

1966年、綾町は、経済が最も苦しい時で過疎化が進んでいた。そんな時「照葉樹林伐採計画」 が持ち込まれた。
多少の雇用も見込まれ、町も少しは潤うことになるため、町にとっては吉報であり賛成する町民も多かった。 しかし、当時の郷田實町長は、残り少ない最後の森林資源をパルプや薪炭田として換金資源をして使い果たすことに大きな疑問と不安を持ち、伐採計画に賛成する町民や関係者への説得へ動いた。大きな反対を受けたが、森と自然の大切さを訴え、国へ直訴。計画は白紙となり、先人たちによって、現在まで守られてきた。


森を未来へ残すために
?森を守るプロジェクト?

 2005年5月九州森林管理局・宮崎県・綾町・(財)日本自然保護協会・てるはの森の会の5者は協定書を取り交わし、日本に残された最後の広大な照葉樹林を協力して保護・復元していくことを約束。そして、この5者が一つになり、計画の策定を行い、「綾の照葉樹林プロジェクト」がスタート。これまで連携会議や間伐作業会などが繰り返し実施されてきた。
 また、「てるはの森の会」を中心としたNPOが、事務局となり、イベントや国際照葉樹林サミットを開催。
その結果、綾町民だけでなく、県内外、海外までに 「綾の照葉樹林の大切さ」が伝えられた。こういった町内外多くの人の「綾の森を未来へ残そう」という思いもこれまで綾の森が守られたことの大きな要因となっている。


一人ひとりの取り組みが
登録へのカギとなった

 世界から認められるほどの綾町に導いた原動力は何であったのかと考えた時、町民の一人一人の努力は言うまでもないが、それを可能としたのは、やはり「自治公民館活動」である。昭和40年4月、公民館がそれまでの区長制から自治公民館制に変革したことにより、町内22の自治公民館が主体性を発揮して、その地域性に応じた取り組みを行う「自治公民館活動」がはじまった。この活動は行政と地域が連携する場を毎月提供している自治公民館長会定例会をはじめ、子どもから高年者まで町民全員参加型の町づくりを可能としている。まさに「自治の心」「結いの心」を育てる全国でも珍しい活動である。

「河川一斉運動」「花いっぱい運動」「自治公民館手づくり文化祭」「町民体育大会」などなど、これまで町民一人一人が参加してきたこの活動は今回の登録に大きな役割を果たしており、世界からも住民参加型のモデル的なまちとして評価されたのだ。先日来町した国際花のまちづくりコンクールの審査員も、この取り組みに深く感銘を受けていた。今後もこの活動を継続させることが「エコパーク綾」を未来へ継承するのに不可欠なことではないだろうか。


「エコパーク綾」 を継承する
ために必要なこと

今回の登録は、綾町の先進的なまちづくりが国際的に認められたもので、今後の「次なる綾らしい取り組み」が世界から注目されます。それでは、どういった取り組みが、今後必要となるのか簡単に説明します。

まずは生活経済面です。MAB計画の趣旨である「自然との共生」実現のための考え方や方法を、もっと身近に具体的に実行していくことの重要性です。現在、私たちに求められていることの一つは「収奪・破壊的利用から保全・再生・循環的利用へのシフト変換」の促進と実践です。綾町の場合、この分野については「自然生態系農業」のほか多くの先行的実践が既にあります。しかし、生活環境面の取り組みは地域婦人会の「綾町水を守る会」の活動はあるものの十分とは言えません。
「綾町の自然を守る条例」や「綾町照葉の里景観条例」なども、遵守や活用・利用の面ではあまり生かされていません。ユネスコエコパークに相応しい「総合的な地域環境づくりや町並み景観づくり」の動きは始まったばかりで、今後、こうした動きを活発化する必要があります。

次に組織体制面です。川上の原生的な自然や川下での町民の生活経済・生活環境の価値を確実に保全管理していくための管理運営体制を整える必要があります。ここで求められているのは「責任転嫁の要求ではなく、住民の意志と行動に基づく総合的 ・ 横断的・順応的対応での連携・協働スタイルによる組織づくり」です。町民の皆さんには、今まで以上に地域活動への参加が増え、日常生活での負担が増すかもしれませんが、 日本の、アジアのそして世界の綾になるには避けては通れません。
役場や町民の「一踏ん張り」が大変重要となります。

綾町の場合「自治公民館制度」 や 「綾の照葉樹林プロジェクト」などありますが、分野が限られています。ユネスコエコパーク全域となると、役場を中心に、土地の管理者や地域住民、各産業従事者、大学の研究者や学識経験者、教育機関など、当該地域に関わる幅広い参加者が論議する組織やシステムが必要です。幸いなことに、今回の登録により、外部との連携など、組織作りの環境は徐々に整いつつあります。

ユネスコエコパークの有効利用は「綾町憲章の体現」につながりますが、町民一人ひとりの協力無くしては実現できません。これまで以上に町民と行政が一体となり「連携・協働の絆」で、取り組んでいくことが未来へ残す「エコパーク綾」に必要なことです。


「結いの心」 を後世に

今回の「ユネスコエコパーク」の登録は、森を守り、私たちにその森を残した先人たちの心、綾の自然に見入られ先進的な有機農業に取り組んだ人たちや名品を作り続けた工芸家たちの心、そして、森とともに生活する私たちの心、それらすべて綾町にあふれる希望の心が結ばれた結果である。
これまで、当たり前のように続けてきた「ゴミひろいや分別」 「花植え」 「植樹」などをはじめとする自治公民館活動も町民一人ひとりが世界に誇れる活動を行ってきたという証だ。

私たちはこの「結いの心」に誇りを持ち、子どもたちに引き継いでいくことこそ、「綾ユネスコエコパーク」を守り続けていくことになるのではないだろうか。


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