「ふなつかちょう(船塚町)」昭和36年6月 「地名をたずねて」より

写真は宮崎神宮の裏にある船塚陵(当時) 船の形をしており、まわりにはおほりがある。昔は巨杉、老松がおい繁っていた。(北側からうつす)

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写真は宮崎神宮の裏にある船塚陵(当時) 船の形をしており、まわりにはおほりがある。昔は巨杉、老松がおい繁っていた。(北側からうつす)

 船塚町というのは宮崎神宮の付近の地名であるが、現在は宮崎大学農学部の南側あたりの町名となっている。

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 平和の塔の下にあたる下北方に皇宮屋(こぐや)という神社があるが、そこに経壟記(ぎょうろうき)という古い碑が立っている。

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それによると、神武天皇が船にのって鵜戸のいわやからここに来られたとき船をつながれたところであると伝えられていると書いてある。

 この船塚というのは塚、すなわち古墳のことで、宮崎神宮の境内にある前方後円の大古墳のことである。

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そして船塚とはその形が船ににているからそういうのであろうといっている。

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この船塚の南に宮崎神宮は鎮座せられているわけで、この塚の名からこの地方を船塚町と呼ぶようになったわけである。


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