知る人ぞ知るパワースポット!? 約1000年の歴史を持つ高鍋城跡へ行こう!

本丸(中段広場)

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本丸(中段広場)

 長峰門は本丸正面の城内門で、ここから先が本丸となる。城堀の掘削(寛文13 年/1673 年)から始まった城の本格改修はこの門の落成によって完成した。


 藩政時代の藩を治める役所があった場所。
 政庁には、諸士の集まる大広間、藩主が諸士と会う御書院、家老や奉行が藩政をとりおこなう御家老所、御奉行所などがあった。
 長峰門を過ぎると本丸の玄関となる。延宝4年(1676年)3代藩主・種信の時に完成している。
 現在レンガを並べ芝生になっている所が本丸政庁の跡で、大きな石は柱の根石である。
 明治4年(1871年)7月、廃藩置県により高鍋藩は高鍋県となり、本丸は高鍋県政庁と改められた。明治6 年(1873 年)宮崎県となると解体された。


二の丸(正面石段)

 岩坂門は二の丸正面の城内門で、ここから先が二の丸となる。
 寛文10 年(1670 年) に完成した櫓門で、完成当時は筑前秋月の城が「杉本城」と呼ばれていたことから「杉の本門」の名称がついていた。
 元禄12年(1699年)に「岩坂門」と改められた。


 舞鶴公園で撮影されたこの写真は観光絵葉書としてモデルを使用している。当時としては目新しいものであった。(大正中期)
高鍋町歴史総合資料館蔵


大クス(舞鶴神社東側)

- 4月~5月の新緑の頃が一番美しい! -

 みやざきの巨樹百選に認定されていて、樹齢500 年といわれている。
 昭和26 年(1951 年) 国の天然記念物に指定された。
 昭和54 年(1979 年) に根元の補強工事、平成3 年(1991 年)には、樹木医による処置が施されている。
 根回りはおよそ10m 、地上2m のところで左右に分かれている。
 平成19 年(2007 年) の台風でその左側が倒木してしまった。


詰の丸

- 天守閣があったのだろうか‥‥ -

 慶長14 年(1609 年) 詰の丸( 築城当初に築かれた石垣の上) に三層櫓が建てられた。
 整地の際、櫓の柱の根石と思われるものかおり、古瓦の欠片などが多く出たことからも、現在の梅林になっているところに建っていたといわれている。



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