妖怪の仕業!?…謎多き「かんかん仏」の秘密とは?

高鍋藩領国境標柱(萬歳亭はなれ西側)

[御殿井戸跡(萬歳亭はなれ西側)]

高鍋藩領国境標柱(萬歳亭はなれ西側)

 2本の柱で高鍋藩の境界に建てられていたものである。このような標柱は、県内では7つしか発見されておらず、3面に文字が刻まれているものは他県でも例が少ない貴重なものである。

右の柱→延岡藩との境(日向市幸脇)「従是東南高鍋領(これより東南高鍋領)」
左の柱→佐土原藩との境(新富町鬼付女)「従是北東高鍋領(これより北東高鍋領)」


御殿井戸跡(萬歳亭はなれ西側)

 明治24年(1891年)秋月種樹の住居として萬歳亭が建てられており、それと同時にこの井戸も掘られたものであろう。その後、秋月家一族に使用されていた。

 この水は冷たくて美昧しいということで、近くの人々は「御殿に冷水を汲みに行こう」と水をもらいに来たという。


寒山拾得像(萬歳亭はなれ東側)

- 寒山拾得像の言い伝え -

 この石仏が江戸の藩邸にあった頃、毎晩怪しい者が邸内を歩き回るという話があり、宿直の武士が「それは妖怪の仕業だ」と考え待ち伏せた。そこに現れた怪しい者に切りつけたところ、手ごたえはあったが姿は消え 失せていたという。翌日、その武士は高熱を発し、邸内の石仏には刀の跡が残っていたという。

 その後、秋月家に何か異変があると、石仏の傷がはっきり浮き出て、夜泣きして知らせてくれたという。

 通称「かんかん仏」と呼ばれ、顔面に亀裂がある。建立者、建立年月日などは不明であるが、背面に「天文18年」(1954年)と銘が刻まれている。
 「寒山」(写真右)「拾得」(写真左)とも中国の伝説的な禅僧である。

 高鍋藩秋月家の領地であった福島(現在の串間市)に設置されていたものを、江戸の秋月藩邸に移し、明治になっていったんは神奈川の邸宅に移された。その後さらに高鍋城内に移されたものである。


たかなべ再発見

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