【特集1-3】戦後70年企画 あの夏を忘れない 二度と私たちのような被害者を出してはいけません

宮崎市生まれ。3歳の時に家族で長崎に移った後、5歳の時に被ばく。宮崎に戻ってからは、原爆の悲劇を伝えるために各種展示や語り部などの活動を続けている。

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宮崎市生まれ。3歳の時に家族で長崎に移った後、5歳の時に被ばく。宮崎に戻ってからは、原爆の悲劇を伝えるために各種展示や語り部などの活動を続けている。

宮崎県原爆被害者の会 宮崎支部長 児玉 節男さん(75歳)
 宮崎市生まれ。3歳の時に家族で長崎に移った後、5歳の時に被ばく。宮崎に戻ってからは、原爆の悲劇を伝えるために各種展示や語り部などの活動を続けている。


 5歳の時、私は長崎で被ばくしました。稲佐山の近くにあった自宅でのお昼前のこと。自宅に戻った瞬間に大きな音が鳴り響き、瓦や土などあらゆる物が落ちてきたのです。周囲は真っ暗になりましたが、やがて明るくなるにつれ、道路は倒れた木材などで跡形もなくなっているのが分かりました。


 三菱造船所で働いていた父と長姉を含め、8人いた家族はかろうじて全員無事でしたが、熱風に飛ばされた長姉は背中にひどいやけどを負いました。原爆は年寄りも子どもも関係なく無差別に人を殺傷するもの。私たちのような被害者を二度と出さないためにも、原爆は決して作ってはなりません。


 宮崎県原爆被害者の会には、被ばく経験を持つ約400人の会員がいますが、みな高齢です。今回のポスター展や私たちの語り部活動を通じて、一人でも多くの人にこの歴史を受け継いでほしい、平和であるためには何をすればいいか考えてほしいと願っています。


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