カナダ自転車横断記〜宮崎公立大学の学生が挑んだ7,200kmの自転車旅 / 宮崎公立大学 広報誌 『MMU SHiP』vol.13「みんな何してる!?」連動企画

はじめに

[【1】2017年6月3日 晴れ 横断開始から10日足らずでグリズリーと鉢合わせ]

はじめに

 2017年の5月18日から9月12日のおよそ5か月間、4年生の前期期間大学を休学し、自転車でカナダを横断した。
 きっかけはたった1冊の本だった。大学2年の冬に四方順次著『カナダ自転車横断の旅 想定外は必ず起こる!』(太陽書房)を読んで「ああ、これ俺もやろう」と何となく思い立ち、実行することになった。幸い入学間もない頃から続けていた居酒屋のアルバイトで貯めたお金が3年終了時点で150万円近くあったので、全て散財するつもりで横断に臨んだ。
 出発地点は西側最大の都市であるバンクーバー。目的地はカナダの最東端に位置するニューファンドランド島のセント・ジョンズ。その距離およそ7,200km。横断すること以外に特に目的があるわけでもなかったので、「とりあえず太平洋と大西洋を両方見ることにしよう」とぼんやりとした目標を立て、5月19日に現地で自転車を購入し、22日から横断を開始した。
 英語もろくに話せない状態での試みだったので、カナダ初日は不安で体が動かなくなり、事前に予約していた安宿の部屋の片隅でガタガタと震えていた。大型トラックに轢かれてしまわないだろうか、山でグリズリー(巨大熊)に襲われないだろうか、怪我をして多額の医療費を支払うことにならないだろうかなど不安の種は尽きず、「何でこんなこと始めたんだろう」と、カナダ初日にして早速悔恨の念が胸にこみ上げてきた。
 ところが横断を始めてみると案外楽しく、つらい思いももちろんしたが、面白い出来事や出会いなども多々あり、結果的にはとても楽しかった。
 全ての出来事を書き記すわけにもいかないので、ここでは特に印象深かった出来事を2つほど紹介させていただきたい。

※ 写真/現地で購入したMASIのSPECIALE CX DISC


【1】2017年6月3日 晴れ 横断開始から10日足らずでグリズリーと鉢合わせ

 出発地点のバンクーバーから東へ400kmほど離れたところに、カナディアンロッキーという巨大な山岳地帯がある。バンフ国立公園のルイーズ湖やジャスパー国立公園のマリーン湖など透き通った美しい湖があることで有名で、毎年世界中から多くの観光客が訪れている。

※ 写真/バンフ国立公園のレイクルイーズ。まだ氷が残っていた。


 ただ、ここはグリズリーという巨大な熊が出没することでも知られており、登山者がばったり遭遇して襲われ、たびたび死亡事故も起きているという、丸腰の私にとっては大変危険な場所だ。できることなら避けて通りたいこのカナディアンロッキーだが、東へ進むためにはどうしても通らざるをえない。これまでの道中で出会った人達からは「絶対にベアスプレー(熊撃退用スプレー)だけは持って行けよ!」と忠告されていたが、お金がもったいなかったので買わなかった。
 横断は基本的にトランスカナダハイウェイというカナダ全土にまたがる高速道路を通る(カナダでは自転車で高速道路を走ることができる)。カナディアンロッキーにも高速道路が敷かれており、道路と森との間には高さ2mくらいの立派な柵が一直線に設けられていた。これはもちろん、森に生息する野生動物が誤って道路に飛び出してこないためだ。だが、柵が設けられているのは車の通りの多い限られた区間のみで、ほとんどの場所には柵がなかった。
 6月2日、山間の寒空の下、あたりを気にしながら自転車を漕いでいると、やはりそいつはいた。熊である。

※ 写真/遠目から見るブラックベア


 幸いこの熊は主に植物の根や葉を食べるブラックベアで、私からの距離も遠く、また見た感じまだ幼かったので、襲われる心配はなかった。ただ、熊がいるという事実をこの目で確認したことの影響は大きかった。私は背中を丸め、「熊出るな熊出るな」と独り言を念仏のように唱えながら自転車を漕いだ。
 翌3日、ルイーズ湖を観光し、初めて柵が設けられた道路が出てきた。私は心底安心し、良い気分で自転車を走らせていた。ただ、柵の向こう側の森には土や枯葉、木の枝を一か所に集めた成人男性くらいの高さの土盛りがいたるところにあり(理由はわからない)、茶色いスポーツグラスをかけていた私にはそれがいちいち熊に見えて仕方がなかった。はじめはそれを見かける度に「熊や!」と驚いていたが、あまりにたくさんあるので間もなく見慣れてしまった。
 この日は近くに宿がなかったので、キャンプ場に泊まることにした。ハイウェイを離れ、森の中に続く人気のない細い道を進む。その道には柵がなかったため、私はまた熊に襲われる不安に駆られ始めた。
 そんな折、40mくらい右前方にある道の出っ張ったところに、また先ほどの土盛りのようなものがあるのを見つけた。私は自転車でゆっくり進みながら目を細めてその物体が熊ではないかを確認した。全く動く気配がなかったので安心して通過しようとすると、10mくらい手前に来たところで、その土盛りにくっついて何か白っぽいものがプラプラと揺れているのが見えた。それはウサギ?のような小動物だった。「は?」と我に返り改めてその茶色い物体全体をよく見てみると、それは紛れもない熊だった。その小動物は熊の口に咥えられていたのだった。しかもその熊は私が最も恐れていた天敵グリズリーだった。その時私はすでにグリズリーの6mくらい手前まで来ていた。
 しまった。茶色いスポーツグラスをかけていたのがいけなかった。おかげで本当に土と熊を見間違えた。だが後悔したところでもう遅い。私は無意識のうちにペダルを全力で踏みつけ、グリズリーに相対した際に絶対にしてはいけないことのひとつと言われている、全速力での逃走を敢行していた。グリズリーの横を通り過ぎる際、視界の右端でそいつがのそっと動いたのが見えた。「ああ、殺される」私は何も考えずただひたすらに自転車を200mくらい全力で漕いだ。恐る恐る後ろを振り返ると、幸いそいつはもう姿を消していた。私は何とか一命をとりとめた。小動物が私の犠牲になってくれたのだった。



【2】2017年6月18日,19日 晴れ 親切なクリスチャンに拾われ、教会でスピーチ

 6月18日、私はカナダ中部のマニトバ州にあるラッセルという町からミネドーサという町へ自転車を漕いで移動していた。この辺りはどこも田舎で、町から町へは基本的に数十キロの距離があり、それ以外の場所は緑々しい草原が見渡す限り広がっているだけだった。初めはその広大な美しさに心を奪われていたが、1週間近く同じ景色が続くとさすがに飽きがくる。どれだけ漕いでも一向に景色が変わらないので、まるでずっと同じ場所を走っているかのような錯覚に陥り、当時は肉体的にも精神的にもかなり疲弊していた

※ 写真/マニトバ州の道の様子


 6月18日の午後7時ごろ、順調に漕ぎ進めていたところで突然後輪がパンクした。私はため息をつきながら路肩に自転車を寝かせ、速やかに荷物を確認し修理道具を取り出した。ところが、道具入れの中にはパンク修理に必要なチューブの穴を塞ぐパッチがひとつも入っていなかった。これでは先に進むことができない。この日の目的地であるミネドーサへはまだ20km近く距離がある。私は色々面倒くさくなって自転車を路肩に寝かせたまま、しばらく草原に横になってぼーっと空を眺めていた。すると、20mくらい後方に一台の車が停まった。気になって見ていると、中から50代前半くらいの男女が出てきて、こちらへゆっくり歩いてきた。私は体を起こして、離れた距離から二人に軽く会釈をした。二人とも笑顔で応えてくれた。
 「何してるの~?」女性が気さくに話しかけてきた。私は自分がカナダを自転車で横断していること、次の町のミネドーサに向かっていたがパンクし、しかもパッチがなかったので仕方なく休憩していることを二人に伝えた。するとそれを聞いた男性が急に険しい顔つきになった。何を言われるのかと思ったら、彼はこんなことを言った。
 「それは大変だ。もうすぐ日が暮れてしまうぞ。ようし、隣町に自転車好きの友人がいるから、今からそいつを連れてきてやる。彼ならパッチを持っているに違いないからな」。
 初めは冗談を言っているのかと思った。たかが一外国人のために、そこまでしてくれるはずがないだろうと思ったのだ。ところが二人は本気らしく、私に「ここで待っていなさい」とだけ言い残すと車の方へと戻り始めた。本当に連れてくる気だと悟った私は、生粋の日本人魂を発揮し「いやいやいや!そこまでしなくていいよ!」と力強く遠慮した。だが二人は「いいから」とだけ言って車のエンジンをかけ、素早くUターンして私が通ってきた道を走って行ってしまった。「隣町って…だいぶ先だろ」と思った。
 およそ40分後、またさっきの車が見えてきて私のそばに停まった。中から先ほどの男性と、また一人新しい男性が出てきた。こちらの方がおそらく自転車好きの友人だ。先ほどの女性はもういなかった。
 自転車好きの男性は修理パッチを数えきれないほど持ってきてくれた。また、パック詰めにされた美味しそうなタンドリーチキンも私にくれた。さらに、疲れている私のためにパンクの修理と自転車の点検までしてくれた。私は二人に何度も感謝の言葉を述べた。
私たちはここでようやく自己紹介をした。ご友人を連れてきてくれた男性の名前はロジャーさん、そしてそのご友人の名前はエドさん。女性の方はロジャーさんの奥さんで、名前はロイスさん。このお三方が助けてくださったお陰で、私は無事に横断を再開することができるようになった。

※ 写真/左側がロジャーさん、右側がエドさん


 自転車を起こし、最後に感謝のお礼を言おうとしたとき、ロジャーさんから「これからミネドーサに向かうのか?」と質問されたので、「はい」と答えると、「今に陽が沈むから、俺が車で送ってやる」と提案された。私の心中では、もはや感激を通り越して「どうしてここまで親切にしてくれるんだ?」と疑念すら湧いた。せっかくのご好意をいただいたので、お言葉に甘えてミネドーサまで送ってもらうことにした。
 車の中で3人で楽しく話をした。私は自分のこれまでの旅の話をし、二人はとても面白がって聴いてくれた。また、話をしていて、ロジャーさんが敬虔なクリスチャンであることが分かった。「だからこんなに優しくしてくれたのか」と心底納得した。
 およそ20分後、ミネドーサに到着した。二人は私をこの日泊まる予定だったキャンプ場まで送ってくれた。しかもロジャーさんは、キャンプサイトの料金まで支払ってくれた。加えて、エドさんはキャンプファイア用の薪まで購入してくれた。「今夜は冷えるから、キャンプファイアで暖を取りなよ」とロジャーさんは言った。私は感激のあまり言葉が出てこなかった。連絡先を交換し、またいつかお会いましょうと力強くハグをして、午後9時過ぎに二人とお別れした。その日の晩、エドさんから頂いたタンドリーチキンを食べながら、キャンプファイアの火に当たった。本当に暖かかった。

※ 写真/エドさんからいただいたタンドリーチキン


 翌19日の朝7時過ぎ、テントで寝ていると外から「ケイゴ、ケイゴ」と男性の声で名前を呼ばれるのが聞こえた。寝ぼけ眼でテントのチャックを開け外に顔を出すと、なんとそこにはまたロジャーさんがいた。ロジャーさんは「ケイゴ、今日が何の日だか知っているか?今日は父の日だ。そこで、父の日を祝して、午前11時からこの町の教会でお話し会があるんだが、お前も来ないか?」と提案してきた。私は「クリスチャンじゃないけど参加してもいいの?」と質問するとロジャーさんは「そんなことは関係ないよ」と言った。私は行くと答えた。
 午前11時、キャンプ場から少し離れたところにある小さな教会に着いた。中には十数名の参加者が集まっていた。その中にはロジャーさんの奥さんのロイスさんもいたので、前日のお礼を伝えた。ロジャーさんは出席者の方々に私のことを紹介してくれた。すると皆から握手を求められ、たくさんの応援の言葉をいただいた。
 私はロジャーさんたちに続いて最前列の席に座った。会が始まると、ポップ調の讃美歌が流れ始め、皆立ち上がってステップを踏みながら楽しく歌った。
 歌い終わったのち、教会の牧師さんの話がしばらく続いた。すると今度はロジャーさんが立ち上がって講壇で話をし始めた。何を言っているのかよくわからなかったが黙って話に耳を傾けていると、私はロジャーさんに名前を呼ばれ、「講壇に上がってきなさい」と言われた。改めてロジャーさんは出席者の皆さんに私のことを紹介してくれた。
 すると、ロジャーさんからこんな提案をされた。
 「ケイゴ、あそこにカメラがあるだろう。今からあそこに向かって、日本語でいいから、日本にいるお父さんに感謝の言葉を伝えなさい」。
 私は心底感動し、これを機に日頃から抱いていた父親そして家族への感謝の思いを2分近く話した。一通り話し終えると、ロジャーさんから無茶な提案をされた。
 「終わったか?そしたら今話したことを私たちにもわかるように英語で話してくれ」。
 「そんなもん言えるか!」と思った。だが引き下がれる状況でもない。私は知っている限りの英単語と絶え間ないボディランゲージを駆使して感謝の言葉を翻訳した。参加者の中には小首を傾げている人もいたが、最後には皆拍手をしてくれたので、多分伝わったのだろう。
 その後何故かロイスさんが講壇に立って歌を大熱唱し、また牧師さんの話がしばらくあって、会は終了となった。
 最後にもう一度ロジャーさんとロイスさんに感謝の言葉を伝え、また強くハグをしてお別れした。ロジャーさんは「いつでも連絡してくれよ。応援してるからな」と言った。たった2日間の出来事だったが、とても濃密な時間だった。

※ 写真/スピーチをしたミネドーサの教会


おわりに

 カナダ横断を通して、日常ではあまり体験できない貴重な経験をたくさんした。
 しかしこれら2つのような印象深い出来事は滅多に起きるものじゃなく、滞在中の9割以上の時間は、自転車を漕ぎながらぼーっと考え事をし、腹が減ったらご飯を食べ、夜には日記をつけて寝るという、特に飾り気のないものだった。
 このカナダ横断の話をすると「凄く成長できたんじゃないか」と人によく言われる。今なら断言できるが、カナダ横断を通して得られた成長なんか、何一つとしてない。得られたものといえば、楽しかった思い出と、腿に付いた余計な筋肉だけで、確かに面白い経験はできたが、これといって大した成長は少なくとも今のところは感じていない。もしくはその成長にまだ気づくことができてないだけなのかもしれないが。
 それよりも、普段の日常の中で、面白い人に出会ってその人の話をよく聴き自分の考えを更新したりすることの方が、何倍も得られるものがあるんじゃないかと私は思う。だから私はもう、カナダ横断のような非日常にむやみに飛び込んだりはしない。今後は、家族・友人を大切にし、人の話をよく聴き、よく勉強し、よく食べよく寝てよく働くといったような、日常の実践を大事にしていくつもりだ。

 今回私はカナダを横断するにあたって、大学の休学制度を利用した。
 多くの大学では休学してもその期間の学費は支払わなければならないが、宮崎公立大学ではその必要がない。もし休学中も学費を支払う必要があったのなら、私はカナダ横断なんてしていなかったと思う。
 そのため、宮崎公立大学には長期の海外留学を経験している学生がたくさんいる。カナダ、中国、オーストラリア等に1年間ほど留学して貴重な経験を積みながら語学力を向上させている。
 また休学しなくても、夏休みなどの休暇を利用して留学できる制度が整えられている。語学を学ぶ環境としては申し分ない場所だと言える。私も、大学の語学プログラムを利用してしっかり真面目に英語の勉強に取り組んでいれば、より有意義なカナダ横断ができたんじゃないかと思う。
 今更ごちゃごちゃ言ってももう遅いので、このへんでおしまいにする。様々な経験をさせてくれる宮崎公立大学にご興味のある方は、是非一度詳しくお調べになって見てはいかがだろうか。
 最後に、カナダ横断を支えてくれた方々に改めて感謝の意を述べ、横断記を終わらせていただく。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

※ 写真/カナダの最東端から大西洋を望む


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