僕と山岳とルサンチマンと 文:坂浦ミチル

連日繰り返されるDJポリスの報道に触れ、僕は20年近く前から自分の奥深くに潜む、蛇のようなルサンチマンが再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。

蛇のようなルサンチマンが再び鎌首をもたげてくる

[「まあ、たった一度だけだから。な、頼む」]

連日繰り返されるDJポリスの報道に触れ、僕は20年近く前から自分の奥深くに潜む、蛇のようなルサンチマンが再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。

蛇のようなルサンチマンが再び鎌首をもたげてくる

サッカー日本代表チームがW杯ブラジル大会出場を決めたあの夜、渋谷駅前のスクランブル交差点は機動隊による厳重な警戒体制が敷かれた。勝利に沸く若者達によるハイタッチ占拠騒動を警戒してのことであった。

それからさかのぼること2週間ほど前。冒険家・三浦雄一郎さんが80歳でエベレストに登頂するという偉業をなした5月23日。スクランブル交差点でハイタッチを交わした若者が一体何人いたであろうか。それを確かめる術は既に望むべくもないが、皆無とは断言できずとも世間の耳目を触れる数では無かっただろう。

三浦さんは「世界最高齢」で「世界最高峰」を命がけで踏破したぶっちぎりの世界一である。サッカー日本代表のW杯出場決定は吉報であるにせよ、例えるなら入山料をようやく支払ったまでのこと。文字通り8000m級の標高差があるのだ。

連日繰り返されるDJポリスの報道に触れ、僕は20年近く前から自分の奥深くに潜む、蛇のようなルサンチマンが再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。


「まあ、たった一度だけだから。な、頼む」

僕が通った高校は特別に成績が良いわけでもなく、スポーツ系の部活動でもこれといって特徴のない、どこを切っても普通の公立校である。中学の時に柔道部に所属し体育会系の雰囲気に辟易としていたため、高校では趣味の音楽に没頭しようと心に決めたはずだった。ところが入学してまもなく一人の教諭に呼び出された。何事かと訪ねてみると山岳部員の人数が足らず、3年生が最後の総体に出場できない。その一度だけ助っ人として山岳部に在籍して欲しいという。どうやら僕がボーイスカウトに在籍しているという噂をどこからか聞きつけ即戦力になると踏んだようだ。事実、カブ・スカウトからボーイスカウトに在籍し、キャンプや登山などそれなりに野外活動の訓練と経験を積んではいた。しかしその高校に「山岳部」が存在し、また登山という「競技」が大会という形で存在していることに驚きを隠せなかった。昨今、空前のブームに沸く日本の登山事情だが、登山と言えばおじさん、おばさんの趣味という程度の認知が当時としては一般的であった。

高校生の山岳競技とは、2泊〜3泊程度の縦走登山のなかで体力や歩行、登山に関する知識や技能などを審査される点数制の競技だ。1チームは4人編成。必要な装備や食料はすべて自分たちで背負って行動する。この時点でこの高校の山岳部は3年生が3人。最後の一人に僕を加えれば大会に出場できるという具合。

「まあ、たった一度だけだから。な、頼む」


同じ運動部にもかかわらず、この格差は何であろうか

すぐに判明したことだがその部員たちは皆、顧問に懇願されて半ば強引に入部していた。担任に内申書の欄を埋めさせるためだけの目的で部に在籍しているような手合いで、まじめに活動しているはずなどない。ちょっとしたトレーニングはおろか、ただ集まってだらだらと過ごし、たまに野外活動と称して薫製作りを楽しむという始末。山についての知識や経験ははほとんど初心者と変わらないかそれ以下である。

部の備品でそろっているのはザックとテント、ストーブのみ。これらの装備も顧問の先生がどこからか予算の都合をつけて購入したものだろうが、必要な装備が未購入、あるいは古すぎて使えないものばかり。しかし装備以上に困ったことは、そもそも部室さえも与えられておらず、使われていない写真現像室を物置きにせざるを得なかったことだ。同じ運動部にもかかわらず野球、サッカーやバスケなどとの、この格差は何であろうか。

どこから手を付けたものか見当もつかず、競技に必要な装備を揃えながら、やる気の無い先輩たちに付け焼き刃のパッキングやローピング、救急法を手ほどきするのが仕事になった。


僕以外は高校の運動服で参加しているものさえいた!

そしておよそ2ヶ月後。その年の高校総体が開幕した。各地域から幕営地に集結した山岳部員はきっちりユニフォームやギアをそろえ、トレーニングと経験に裏打ちされた自信に満ちた表情を湛えていた。どこの山を登ったのかもう定かではないけれど、ただただその雰囲気に圧倒されたことをはっきりと覚えている。特に強豪と謳われるチームは、山への情熱と伝統への誇りが目に見えんばかりのオーラになって纏っているようにさえ思えた。一方、こちらと来れば、寄せ集めの烏合の衆。おまけにふぞろいの装備たち。ユニフォームもなく(僕以外は高校の運動服で参加しているものさえいた!)、学習もトレーニングも付け焼き刃。同じ高校生といえど、その差は大人と子供ほどであろう。


一年生の僕独りが残ることになるのだ。

さて、件の高校総体に話を元に戻そう。
結果はダントツの最下位。減点制の審査なので上限はあるが下は底なしである。その華麗すぎる成績は、僕に雪辱を誓わせるに充分な内容だった。3年生は全員、この大会をもって部を引退し受験に専念する。一年生の僕独りが残ることになるのだ。

顧問は「無理に残らなくてもいいぞ」と声を掛けてくれたが、僕の意地がそれ許さなかった。大会後はトレーニングを重ねる傍ら部員勧誘と山岳部のPRにひた走った。とにかく目立つなら何でもする。人目につきやすい階段で上り下りを繰り返し、サッカー部や野球部の周囲をランニング。たった一人で砂袋を詰めたザックを背負ってこれを繰り返すのだから、今日であれば刺又で取り押さえられていてもおかしくないくらいの粘着っぷりだ。秋の体育祭にはそれぞれの部活がユニフォーム着用で参加する部活動対抗リレーという種目が設けられていた。目立つにはこの上ない好機である。自立型のドームテントを一人で担いで他部の走者を妨害し、リレーにもかかわらず独走で周回するという狼藉を働き、大いにその目的を果たすことが出来た(もちろんきつくお叱りをいただいた)。秋の新人戦にはお情けをいただき審査外という条件付きのもと、たった一人で大会に出場。じっくりと大会を観察し審査のポイントを研究した。ここまでやれば目立たないはずが無い。好奇の眼差しとはいえ、徐々に山岳部は認知されていったし、顧問(そもそも彼は筋金入りの岳人である)も本気になっていた。

人生ではそうした馬鹿馬鹿しい努力が実りの時期を迎えることもあるのだろう。
ぽつりぽつりと入部者は増え、気がつけばいつの間にか11人の部員が所属していた。成績も地元の強豪校に食い込むほど、つまり全国大会も射程距離に入ってくるほどの右肩上がりであった。


「登山は山で寝泊まりするから費用は懸からないはずだ」

一方、問題も抱えていた。部員数が急激に膨らんだことによって財政が逼迫、いや困窮していたのだ。もちろん部員の手出しも少なくなかったが、装備の充実度は山行の安全と大会の成績に直結する。成り行きに任せて部長を務めていた僕の肩に予算の確保が最大の責務として重くのしかかっていた。

毎年1月に行われる生徒会での予算折衝。僕はその年度の新人戦で4位という成績を土産に、予算枠の拡大を陳情した。しかし野球部とサッカー部にナイター施設を投入し電気代がかかるため現状の維持、第一「登山は山で寝泊まりするから費用は懸からないはずだ」というではないか。

いや、それは話がおかしくはないか。登山は自分たちで全てまかなうのだから金は懸かる。他の部活は試合以外の「アゴ・アシ・マクラ」まで大人たちに面倒を見させておきながら、生徒会の予算まで食いつぶすつもりなのか。そもそも野球部やサッカー部などいくら遅くまで練習しようがベスト8にも及ばないではないか。山岳部は満足な部室も無しに成果を上げている。全国大会出場への可能性は我々の方が圧倒的に高い。なぜ希望が持てる分野に予算を投じないのか。仔細は覚えていないが、おそらくそんな弁で捲し立てた。今思えばそんな詭弁は完全に逆効果だろう。結局、山岳部の予算の拡大は認められなかった。


目指すところは「甲子園」や「国立」などより遥かなる高みにある

その翌年度の高校総体も県内4位。最終的に僕は入賞の栄誉に浴することなく引退した。無論それは自分の力が不足していたことであって予算の確保とはなんの関係もない。野球部とサッカー部のナイター施設など全く関係ない。関係ないと言い聞かせながらもはや幾歳。いまだ野球やサッカーという国内の人気スポーツの活躍を無条件に祝福できない自分がいるが、そんな蛇心を幾ばくか救ってくれているのは、その後見事にインターハイ出場を果たしてくれた後輩たちの活躍である。その後数年間、わが母校の山岳部は県下の強豪校に名を連ねることになったのだ。

 本来自然を体感し学ぶことが登山の目的であれば、それを競うことになんの意味があるのか。登山競技にはその存在意義に疑問の眼差しを受けることもあるだろう。しかし親の手を離れ、若者の自立心を養うという点において、山岳部にはまこと部活動の真髄があると思われてならない。

全国の高校山岳部員の諸君に弥栄あれ!君たちの競技には黄色い声援も届かなければテレビカメラが中継に入ることもないが、目指すところは「甲子園」や「国立」などより遥かなる高みにあるのだから(標高的に)。


著者紹介

文:坂浦ミチル
画:Akiko Iida

坂浦ミチル(さかうら みちる)について
月に二回は山行し、下界の雑事から解放されようとするも、人の山道具を見ると欲しくなって余計に煩悩を深めてしまう。好きな言葉は「書を捨て 町へでたのに本屋にin」


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やっほーさん

休日はミラーレス一眼を片手に、よくえびの高原に出かける。好きなブランドは「パタゴニア」。最近は、韓国岳・登山口付近の草原が気になるスポットです。

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